大学時評 福井 有

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プレゼンテーション教育の必要性について

 自分の意見を人前で堂々と発表するというスピーチ・プレゼンテーションの習慣は欧米のビジネス社会では日常欠くことのできない技法である。
 彼らは子供の頃から,人前で自分の意見を発表するということを徹底的に教え込まれ,独立心と論理的発想法を学んでいく。ギリシャ時代以来の民主主義の根本思想、つまりアゴラ(広場)で行われる対話の中から弁証法が生まれて、そして哲学,論理学,さらには科学へと発展していった。この対話の技術が現代でも意思決定の重要な技法として息づいているのである。
 つまりスピーチ・プレゼンテーションは世界の国々の国際コミュニケーションの共通した概念といえるのだ。ところがサミット先進7カ国のうちの日本だけが、未だに以心伝心のコミュニケーションなどといった文化を持つことでたびたび誤解を生じさせている。
 なぜ日本だけこのようなコミュニケーションのルールが発達しなかったのだろうか。名古屋外国語大学の松本道弘教授によると,集団でものを考え,お互い“察し”を求める文化では,話し言葉で相手を論破してしまうような直接的コミュニケーションは文化的な背景からも受け入れられなかった、とその理由を述べている。
 われわれ日本人がスピーチ・プレゼンテーションが欧米人にとってなぜ重要なのかを理解するには,相撲とボクシングを比較すると分かりやすい。
 ボクシングではノックアウトで決着しなければ判定に持ち込まれる。その時の各ジャッジのスコアは観衆にはっきりと分かるように公表されるシステムになっている。つまりボクサーにとってはジャッジに自分に有利な判定を下すように印象づけながら試合をはこばなければならない。
 これに対し相撲の場合,微妙な判定の際は勝負審判の協議によって判定が決められるが、この審判の協議内容は公表されないことが慣例である。つまり欧米の実力社会では自分の実績をアピールできないものは顧客に対しても説得能力がないと見なされるのである。
 しかしこれからの国際化時代では,日本だけがこのような特殊事情を主張していてもリーダーシップを取ることは出来ないのは明白である。ますますグローバル化する世の中、昨年はマツダ,日産自動車などの大企業でも外国人社長が誕生した。こららの会社では英語による経営会議が日常化し、管理職に新しく英語力が求められるようになった。また今までのような稟議書による決済方式も変っていくだろう。
 稟議書は判断する時に横並びの発想があり、なかなか意義を唱えにくいシステムである。このスタイルはまた責任の所在が不明確な弱点を持っている。これに対し、欧米の経営スタイルで一般的なのがプレゼンテーションによる意思決定だ。プレゼンテーションとは、自分の意見を求められた時に分かりやすくまとめ発表する技法のことだ。プレゼンテーションを成功させるにはいくつかの能力が求められる。
 それは資料,統計などの情報を分析する分析能力と論理の構築能力である。問題解決能力のない人ほど、発表がうまくいかなかった原因を資料やデータのせいにする傾向がある。限られた資料と時間の中で,情報をうまく活用して論題を立証して見せることこそプレゼンテーションに求められる能力である。
 OHPやパワーポイントなどのプレゼンテーション・ソフトの作成技術を習熟することに加え、肝心なことは自分の頭で論旨を構築し、それをいかに効果的に発表するかということである。
 大学におけるペーパーテストによる伝統的な評価方法は、プレゼンテーションによる評価に置き換えることも可能で、既に欧米の大学において日常的に行われている。また学生の専門分野を問わず、広く実社会に求められる能力として注目すべき技法である。
このような背景から当協会としては「プレゼンテーション実務士」の資格を全国に先駆けて設置し,広く大学生に専門的な技法を身につけてもらいたいと考えた。和野内会長も「これからの国際社会で活躍する学生が身につけるべき必須の能力」と述べているように、新しい時代の国際的に通用する資格として、取得に積極的にチャレンジされることを望むものである。

    (全国大学実務教育協会 会報No,4 平成13年4月)



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